無題

小言

主治医の役割

ある日の午後5時、当直が開始と同時にPHSがなった。

相手は若手の医師からで、入院中の重症患者について申し送りだという。

COVID-19の重症肺炎で入院中の高齢患者である。

酸素濃度がかなり低く、鼻から高流量の酸素吸入を行なっている。

申し送りの時点で、患者は人工呼吸器はつけて欲しくはないという意思を表示している。

管や機械に繋がれたまま死ぬのだけは避けたいと言っているそうだ。

もしも治る見込みが高く、元どおりの生活が保証されるのであれば、人工呼吸器のような侵襲を伴う治療でも受けることは吝かではないといっているらしい。

 

その主治医としては、その患者の呼吸状態が悪化した場合、本人と家族に人工呼吸器の治療を受けるかどうかの意向をもう一度確認し、患者や家族が治療を希望したら、気管チューブを挿入して人工呼吸器管理をして欲しいと。

色々と文句を言った上で、自分ならそういうことは絶対にやらないけど、とりあえず申し送りどおり実行すると伝えた。

 

患者が状態が悪化した時にまともな判断能力はない。急変時に患者とゆっくり話している時間などない。

聞き方や、その時の気分次第でやっぱり少しでも望みがあるならお願いしたいとなるに決まっている。

高齢のCOVID-19の患者に人工呼吸器が必要になったら少なくとも3~4割は死ぬだろう。助かった後も、歩けなくなったり、飲み込む力が低下したり、認知機能の低下など様々な機能障害に悩まされるだろう。自宅で介護ができなくなり、病院からそのまま施設へ入所ということもある。

だから、管に繋がれたまま死ぬことが受け入れられない人に人工呼吸をやるべきではない。私ならそう考える。

 

患者のためになるなら、やる。

患者のためにならないなら、やらない。

やるときは、徹底的にやる。

やらないと決めたなら、やらない。

 

患者の予後をどれほどと見積もるのか、患者への治療のゴールはどこに設定するか。ゴール達成のために患者に何を提供できるのか。そういうことを考えずに、患者、家族の希望が最上位におかれる。患者が嫌がっていても、家族の意向が優先されるなんていうこともある。

 

血圧が下がった場合に患者に血圧を上げる薬剤(昇圧剤)を使うかを聞く医者は少なくない(そんなことわかるわけないだろう)。ガンの末期で先の短い患者やその家族、急変時に心臓マッサージは希望するかと聞く医者もいる(そして同意書の形でサインをさせる施設もあるらしい)。なるほど、患者の自己決定権の尊重はしているのだろう。しかし、本音はトラブルがあった時に言質を取るという意味でしかない。

そして患者や家族が、今は決められないという時に「それでは家族内で話し合って考えておいてください。返事があるまでは出来る限りの蘇生行為を行います」と冷たく言い放つ。

 

受け持ち患者の急変時に救命行為を、蘇生行為を行うかどうかは主治医が責任を持って決めるべきである。やるべきではないと考えた場合、患者や家族には「やらないほうが良いと判断したのでやらない」とあらかじめ伝えておけばよい。というのが結論である。

 

実際、医療には不確実性がつきもので、入院時はもうダメだと思ったがやってみたら治療が効いて助かった。ということも経験するので「やってみなけりゃわからない」というところもある。だからさっきの主治医が悩む気持ちもわかる。ただ、それを当直医にやらせるか。

 

働き方改革だかなんだか知らないが、さっさと私に申し送って帰ってしまった。